沈みかけた船

「沈みかけた船から逃げることができた人」という言い方がある。その多くは、優れたビジネスマンとして、生存本能が強い人として表現されている。だが、最近私は、沈みかけた船から、いち早く逃げおおせた人は、そんなに褒め称えられるべきものではないのではないかと思うようになった。

逃げおおせた人が、見捨てたその船に、その後も乗り続けている人は確実にいるのだ。その船に乗り続け、沈めないように努力することを選んだ人が、水をかきだし続けてくれていたからこそ、彼は逃げおおせることができたのではないか。
船に残った人たちは、船が沈まないように、必死で周囲の乗組員を鼓舞しながら、水をかきだして、船底に開いた穴をふさごうとしている。その努力を誰が笑うことができよう。

もちろん船が沈んでしまっては、身もふたも無いのだけれど。沈みそうな船を真っ先に見捨てた人は、組織への貢献という視点を、持ち合わせていないのではないだろうか。

この春、私が新卒で入社した会社が無くなった。とある出版社と合併して、非存続会社になったのだ。その日、現在も会社に残っている先輩から、さびしそうにメールが届いた。私はきちんと勤め上げた先輩に、尊敬の念を抱き、同時にのうのうと逃げおおせた自分を、少しばかり恥じた。